展示期間 2015年(平成27年)2月15日から2015年(平成27年)5月15日
まで開催中とのこと
鵠沼郷土資料展示室は公民館と併設 市民センター内
鵠沼海岸海水浴場の誕生
明治初期まで無人の砂丘地帯だっ た鵠沼海岸は、
鉄道開通前年の明治十九年に大磯・ 鎌倉に次いで海水浴場が開かれ、
海辺に三軒の 旅館が設けられました。 広大な砂原に道路を敷設し、
日本初の別荘分譲地が開発されました。
江ノ電が開通する明治三十五年頃から別荘地は人気を呼び、 海水浴は塩湯治から行楽レ ジャ ーに変身夏季には都会から多くの人々が訪れました。 大正十二年に関東大震災が発生、 地盤の 隆起で砂浜が拡大し、 砂防対策の ために黒松が植林されました。 昭和四年の 小田急江の島線の 開通は、 海水浴が身近な日帰りの 行楽となりました
鵠沼地区は、1100年の古い歴史をもつ北西部と、110年前から日本初の計画的別荘地分譲と海水浴湯が関かれだ南東部の二面があり、それぞれに魅力ある地域を形成しています。
ことに海岸の旅館には多くの文人墨客が滞在して作品を残し、別荘地には白樺派・草土社・大正教養派など新しい文化の華が聞きましだ。
関東大震災の復興と小田急線の開通は、別荘地から高級住宅地への変貌をもたらし、多くの文化人の居住を見ました。さらに松竹大船撮影所の開設もあって、映画人の居住も目立ち、鵠沼を一層魅力的な揚所にしました。
こうしだ歴史・文化の伝統も、時代の進展と共に過去に追いやられようとしています。これらの遺産を消滅の前に見つけ出し、次世代に引き継がなければなりません。
そして児童・生徒から専門の研究者まで広く公開し、学びの場所をつくる必要があります。このような要請を受けて藤沢市が鵠沼市民センターの1室を提供し、市民ボランティアが運営する「鵠沼郷土資料展示室」が、2003年12月1日に生まれました。ユニークな公設市民運営の文化施設です。皆さまのお宅に眠っている鵠沼の過去の記録、文献資料や写真などがございましだらご相談くたさい。コピーの形ででも残し、貴重なものは市の教育委員会や文書館などと相談しつつ扱いを検討いたします。
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